当院のご案内
スタッフ紹介
スタッフのご紹介
本当に体が不調で困っている人、病院を2件も3件も変えても症状が変わらない人、「様子を見ましょう」だけで、何も治療が変化していかない人。
そんな人のお力になりたい
お身体が悪く絶望の中で、希望の光を探している方々の『笑顔』をもっと見たい為に、スタッフ一同毎日頑張っております。スタッフの紹介を是非ご覧くださいませ。

ささがわ接骨院 院長
加藤 秀治
院長から患者さんへ
理想の治療院を作ります!治療から予防・美容までやります。手技療法に自信があり『リアル・マニュアルセラピスト』として、一人ひとりお身体を触らせて頂き、身体の異常を見つけ施術致します。交通事故治療も自信があります。難解な自動車保険の知識は「三重県下一番!」と自負しております。
誕生から接骨医になるまで
私が接骨医になったきっかけは、私の生い立ちや出会った人たちに強い関わりがあります。自分を支え、励ましてくれた人がいたからこそ、現在の私があるのです。
私は三重県四日市市小古曽町にて生まれました。幼少の頃から先天性の身体の異常を持っていたので、母は私を連れて、雨の日も風の日も病院に通ったそうです。のちに整体師について勉強する中知ったのですが、それは先天性の股関節脱臼と斜頸でした。この二つは合併して症状が現れることが多く、見逃すとのちに大きな障害を残すこともあります。見つけてくれた医師の方、母のおかげで、日常生活には全く支障がない身体に育ちました。
父はというと、仕事で長距離運転をすることが多く、慢性的なひどい腰痛に悩んでいました。従姉妹が接骨医の資格を取り、父を治療していたのを覚えています。そんな父の姿を見ていると、自分にも何かできないか、治してあげたいという思いを抱くようになりました。
小学生〜中学生の頃。ロボットアニメが全盛期で、「将来ロボットに乗りたい、作りたい」という夢を抱くようになりました。けれど、自分が小さかった頃にお世話になった医師の方、母、父の治療をしてくれた従姉妹のことを思い出し、色々な話を聞く中で「人の身体を治療する仕事」、それこそが自分のやりたい事なのだと気がつきます。治療することがどんなに素晴らしく、尊いことであるか、また自分がそれを実行したいということを、強く実感したのです。
私は高校の恩師に出会う事でぐんと成績が上がりましたが、それまでは勉強はどちらかというと苦手でした。夢があることで勉強する楽しみを感じ、成績も上がってきたので、一念発起して接骨医になることを決意しました。
整形外科へ勤めてから現在
愛知県の整形外科に就職し8年間の臨床経験を経て、平成8年に「ささがわ接骨院」を開業しました。開業してからは、「ギックリ腰が良くなる」「病院でも治らなかった症状が改善した」「椎間板ヘルニアの手術をしなくても改善した」といった口コミをいただき、県内外から多くの方に来院していただきました。
ところが、日々より良い治療をしようと尽力すればするほど、できることの限界も見えてきます。患者さんの症状が取れてもすぐにぶり返す、楽にはなるけれど完治はしない、という問題。それは接骨院の保険治療内では難しいことだったのです。8年かけて知識を増やし、技術を磨きましたが「健康保険のルールの中ではそれを100%活かすことはできない」という結論に達しました。
そこで、平成27年に「ささがわ接骨院・整体院」として、自費治療を中心とした治療院に変革しました。自分が抱えていたジレンマを乗り越え、より患者さんに寄り添った治療ができるようになりました。
26年前に妻と二人で立ち上げた接骨院。今では二人のセラピストと受付スタッフも加わり、患者さんにとって満足のいく施術、サービスを日々目指しています。患者さんの身体の悩みに寄り添うということは、そのまま、心の声を聞くことであると思っています。
毎日の生活のクオリティーを上げ、笑顔で満足した日々を送るためには、身体が健康であること、痛みがないことが大前提です。私は、自分の経験を元にして、そんな患者さん一人一人に寄り添う治療を行っていきます。そして、自分が30年行ってきた臨床経験を後継に伝え、さらに自分の技術を高めていきたいと思います。

癒やしのセラピスト
伊藤美波
幼少期
生まれた時は体重が4000g以上あり、他の赤ちゃんより一回りも大きかった私。母親に聞いてみると、出産前まで三ツ矢サイダーを毎日飲んでいたそうで、大きかったのはそのせいではないかと私は考えています。当時の写真を見てみれば、赤ちゃんの頃はまだ純真無垢で可愛い時代だったと思います。
その後、妹や従兄弟が生まれ、自分が一番年上なんだという意識が芽生えました。何かと仕切りたがるところがあり、ちょっぴり生意気な子どもだったかもしれません。
今でもよく覚えているのですが、初めて託児所に預けられた時は、捨てられてしまったのではないかと思い、ひどく泣きました。当院に小さな子が来て泣いていると、そのことを思い出し、何とかしてあげたいという気持ちになります。
整体師を目指したきっかけ
私が整体師になったきっかけは、当院の整体師(セラピスト)の募集が目に入ったことです。専門的な知識やスキルを身につける必要があり、難しいことは分かっていましたが、「整体師になれるかもしれない」と思うと、とても関心が高まりました。
以前から美容の仕事に興味があったこともあり、美容整体に携われることも嬉しく感じました。女性が美しくなるためのお手伝いができると思うと、ワクワクした気持ちになったのです。
整体師なら自分を磨くことができる、手に職をつけられる、という思い。さらに、頑張って技術を習得することで、たくさんの人を癒すことにつながると思うと、がぜんやる気が湧いてきました。
整体師としてデビュー
ところが、実際に技術を習得するまでは、想像以上に大変でした。今まで漠然としか知らなかった骨や筋肉、身体の機能をより詳しく学ぶことで、その複雑さ、興味深さを知りました。難しさに諦めたくなることもありましたが、毎日のように技術練習をして、ついに整体師としてデビューすることができました。
最初の施術は、産後の骨盤矯正でした。とてもプレッシャーを感じ、緊張しましたが、先輩からの指導もあり、何度もロールプレイングをすることによって、次第に慣れていきました。患者さんからよく聞かれる質問、妊娠や出産に関する知識、分かりやすい説明の仕方など、回数を重ねるごとに上達を感じ、日々やりがいを感じながら施術にあたりました。
患者様からの声が原動力
今では産後の骨盤矯正だけでなく、姿勢矯正、一般整体も担当しています。骨盤矯正に通う方からは、「腰痛が改善した」「ウエストが細くなった」「サイズダウンした」「履けなかったズボンが履けるようになった」など、たくさんのお声をいただきます。
姿勢矯正で通う方からは、「猫背が改善された」「姿勢が綺麗と言われるようになった」「肩こりが治った」「疲れにくくなった」など、嬉しい言葉をいただきます。そうしたお声の一つ一つが、私の原動力になっているのです。また、そうした声に励まされるからこそ、私が日々成長できているのだと感じます。
現在では、担当の患者さまもたくさん来てくださり、日々楽しくお仕事させていただいています。時々お子さん連れで来てくださる方もいて、お子さん達とふれあいながら癒される時間も、私の楽しみになっています。
患者様へ
女性は出産を機に腰を痛めたり、体型が変わってしまうことが多くあります。毎日子育てに追われ、つい自分の身体の痛みを後回しにしてしまうこともあると思います。けれど、しっかりと自分の身体と向き合い、いたわってあげることはとても大切なことです。
ママとして、一人の女性として、これからもキラキラと輝いていただくために、私は心を込めてお手伝いさせていただきたいと思っています。ご来院いただいた全ての皆さまが健康で、毎日を気持ちよく過ごしていただけるよう、これからも尽力していきます。

ココロとカラダを整えるセラピスト
若松佑美
幼少期
細く、小さく生まれた私。大きめの座布団にすっぽり収まり、よく寝たそうです。
幼い頃から、ブリッジの状態で部屋中を歩き回ったり、目が覚めた時に腕が外れていて大泣きし、何度も近所の接骨院にお世話になったり。身体の柔らかさ、関節の緩さはその頃からだったようです。
小学校時代、夏休みになると祖母の家で過ごしました。宿題の工作はいつも、祖母と作成するのがお決まりで、和紙で連鶴を折ったり、5円玉を紐で繋いで兜をつくったり。勘考してみな、といつも優しく声をかけてくれた祖母との時間は、今思えばかけがえのない宝物です。
中学に入り、勉強の大変さを知りました。大の苦手だった国語と社会を、5年後通っていた塾で講師を務めることになるとは。各方面で支えてくれた恩師との出会いに感謝しています。
高校生活は、部活に打ち込み、「高校生らしさ」も大いに楽しみました。みんなでひとつの音楽をつくる楽しさを知り、吹奏楽楽曲に良さにドハマり。勉強はロクにせず笑、部の賢い友人たちに助けてもらってなんとか、テストを乗り切りました。
大学から塾講師時代
女子ばかりの大学生活。第一志望ではないところへ通うことになり、最初は戸惑いばかり。その中でも、たくさんの経験と素敵な出会いに恵まれました。卒業してからも気にかけてくださる教授や大学愛のある先輩方。強さと優しさを兼ね添えた人になりたいと考えたのは、この頃です。
塾講師時代は、幼児教育から高校受験まで文系担当として務めました。生徒たちを時に引っ張り、時に後押しする立場でしたが、寄り添うことを大切に、毎年やってくる受験シーズンを乗り越えました。
退職後は、大学時代に叶わなかった海外留学改め、マルタ共和国でのんびり生活を手に入れました。パリのテロ事件には海外の怖さを感じましたが、ヨーロッパも各地旅行し、自分自身を見つめるいい機会となり、老後に住む候補地を見つけました。
ヨガ修行
帰国後、本格的にヨガを始めることになります。最初はポーズを綺麗に取ることばかりに気を取られていました。しかし、哲学や呼吸法も学んでいくなかで、いろんな気づきを得られるヨガにどっぷりハマっています。
バリでのヨガ修行のあと、ヨガインストラクターとしての活動を予定していました。しかし、新型コロナウイルスの影響や、何より自分ひとりでやっていくことに不安を感じていたときに、当院と縁をいただき、現在に至ります。
ココロとカラダを整えるセラピストへ
ヨガと整体。畑違いかと思いましたが、所詮は身体のこと。今まで曖昧だったことが、少しずつ明確になってきているように思います。施術トレーニングは容易ではありませんが、手取り足取り教えてくださる院長や先輩方のもと、練習を重ねています。
ココロとカラダを整えるセラピストを目指します。